2018-05-19 ■ 5月19日 私の耳には「YMCA]ががんがん鳴り響く。 沖縄NAHAマラソンの7K地点で12回聞いた歌である。 西城が川崎市に住んでいたこともあって、川崎フロンターレのホーム 等々力競技場には何回か足を運び、ハーフタイムショー等でJ2時代から 支援していた。主将の中村憲剛は「夏の風物詩になっていた。あの空間で みなを巻き込むパワーがあった。等々力が埋まっていない頃からお世話になった」 20日、恩人追悼のためエスパルス戦で喪章をつけて戦う。